天に近い町

上野屋旅館

2012年11月04日 09:00

長湯温泉 ドイツ村(市営住宅です)の展望台に

素敵な石碑がございますのでご紹介いたします



天に近い町

村田喜代子




ドイツ村展望台




 毎日、机の前に座っていると、どこかへタイムスリップしたくなる。
ここと正反対の場所といえば、広々とした所だ。そして空に手の届くような場所がいい。
そんな憧れを抱いて大分の久住高原へ遊びに行く。
 


異国情緒を感じる住宅


 長湯町はその高原の中にある、小さな温泉郷だ。
教師をしている友人が転勤でこの町へ行った。
彼に案内されて町を歩くと、通りの佇まいは懐かしく、盆の頃などは家々の表に七夕の笹飾りが揺れていた。
町の人はおとなも子供もどことなく清々しく、私は思わず星の町の住人を思い出した。


 町の真ん中には川が流れ、その畔には蟹湯という小さな露天温泉が湧いていた。
電灯はないが対岸の旅館の灯がぼんやり映えて、そのあかりで体を洗う。
引っ越してしばらく、友人夫婦は家計費節約のため、懐中電灯を手に毎晩この蟹湯へ通ったという。



ガニ湯


 近くには炭酸泉同士で交流のあるドイツにちなんだ、町営の一戸建て借家「ドイツ村」がある。
赤い屋根が高原の緑に異国情緒を醸し出す。
温泉の町なのに、なぜか長湯は温泉くさくない。
温泉を九州では地獄と呼ぶが、長湯にはそんな地獄の空気が希薄だ。



ドイツ村からの夜空


 あのヘール・ボップ彗星が現れたとき、長湯の友人から電話がかかってきた。
「こっちは、彗星の尻尾も見えるよ!」
 地獄どころか、高原の温泉町は空へ真っ直ぐにつながっているのである。

友人の電話の向こうに、満天の星空が浮かんでいた。





ドイツ村からの夜空